私たちの人生でも、そうした他者から見ると小さな成功による感動こそが、自分の人生における最も重要な場面だったりしますよね。
さらには、そうした成功を坂木しずかが得るための「下地づくり」においても凝ったアプローチをしているのがこのアニメの良いところです。
「第3飛行少女隊」そのものは美少女たちが戦闘機を駆って敵と戦うという典型的な深夜アニメもの。
坂木しずかが僅かにアニメ業界に関われるシーンでも、それはハーレムアニメのヒロインであったり(それすらオーディションで落ちる)、腐女子人気が出そうな野球アニメ(ガヤのみ)だったりするわけです。
ただ、彼女が声優としてこなした他の仕事は違います。
バラエティ番組におけるボイスオーバーでは田舎のお婆さんの声を演じ、子供に人気の可愛い豚のキャラクター、「ウメブー」のイベントではNHK教育で出てきそうな子供向けキャラクターのかん高い声を演じています。
いわゆる「萌えアニメの声」だったり、アニメ曲の歌唱力ではなく、そういった万民に届く声が出来る人が「地力」を持っていて評価される。
業界の現実を反映しているのかは分かりませんが、流行り廃りに流されない本物の力を持った声優に坂木しずかが成長していってこその結果という見せ方には好感が持てます。
現実においても、萌えアニメの声優はいくらでも代わりがいますが、浪平やピカチュウの声優の代わりを探すのはきっと難しい所業でしょう。
ドラえもんの声優が変わったときには明らかに「変わった(変わってしまった)」と多くの人が感じたでしょうし、もはや違う作品になったと感じた人も少なくないでしょう。
野原しんのすけの声優もついに変わるようですが、それなりにインパクトのある事件です。
凡庸な声優と卓越した声優の違い、そこに現れる地力の違いは、深夜アニメのヒロインの声の演じ方ではなく、田舎のお婆さんやウメブーの演じ方に依拠しているのかもしれません。
このような描写は、実は他のキャラクターでも描かれていて、例えば脚本志望の今井みどりはドストエフスキー作品(=古典文学)のファンであり、「武蔵境の駅にディーゼル車が通っているかどうか」という、劇的なストーリーを作るというよりもストーリーのリアリティを固めるための設定づくりへの貢献で認められています。
良い脚本とはなにか、良い脚本を作れる脚本家(の卵)とは何か、という問いに対して、「古典を読み、自分の力としていること」「細部の設定のリアリティを詰めていること」を主張する構造となっております。
宮森がアニメ業界に入ったきっかけも、いわゆる萌えアニメや声優のイベント等ではなく、かつての「世界名作劇場」を彷彿とさせるアニメ、「山はりねずみアンデスチャッキー」に感動したからという設定。
小公女、フランダースの犬、アルプスの少女ハイジ。
アニメに老若男女が共感でき、心を震わせられるものだった時代。
そんな時代の作品が彼女の根幹にあるという描き方。
アニメ制作会社がアニメ制作現場のアニメを作っているという前提を考慮すれば、声優・脚本・制作進行のキャラクターにこのような設定を与えることは感慨深く思います。
美少女ではなく動物を上手く描ける杉江さんや、自動車のタイヤを上手く描ける藤堂美沙に作画面でのスポットライトを当てているのも、もしかしたらそういうことなのかもしれません。
キャラクターの設定というところでは、同じ高校の出身としつつも、高卒アニメーター、専門学校卒CGクリエイター、養成所出身声優志望、短大卒制作進行、現役大学生と上手く学歴を散らし、それぞれの家族が娘にどう接しているか(安原絵麻の両親はアニメーターになることに反対、娘は抵抗し、1年だけの仕送りで決着。宮森あおいの両親はあおいを応援している)を出すことで奥行きが増していますよね。
遠藤夫妻・杉江夫妻の生活や、一人暮らしの瀬川さん、ヒルクライム中心生活の木佐さん、離婚歴のある木下監督など、それぞれの「背景」がさらりと描かれることで、様々な人生を往く人々の集まりが会社/社会なのだという現実的感覚に訴えていますし、まるで武蔵野アニメーションや作中の様々な会社・学校が実在しているような錯覚を視聴者に持たせることに成功しているのではないでしょうか。
視聴者も老若男女、誰もが共感できるキャラクターを見つけ、そしてそのキャラクターと周囲の人物とのやりとりから、半ば自分の生きている世界の出来事として捉えてしまう、そんな効果が生み出されています。
少年少女と非現実的な大人たちだけの閉じた世界が舞台の作品とは一線を画しているところです。
そして何より、こうしたリアリティの重なりによって、ある重要な、非現実的な奇跡を読者がすんなりと受け入れられるようになっています。
それは、高校生活で気の合う仲間5人と一緒にアニメをつくり、その5人がずっと連絡を取り合っていて、最終的に同じアニメのワンシーン(第3飛行少女隊のラストシーン)を作るということ。
一見、劇的な要素などないように思えますが、しかし、私たちの現実的な人生を振り返ったとき、これがいかに奇跡的なことなのか、胸に染みて理解できるのではないでしょうか。
私たちの人生に、起こりそうで起こらない、ささやかで強力な「奇跡」。
この類の「奇跡」で視聴者の胸に迫るアニメは、近年においてこのSHIROBAKOを除き見たことがありません。
ありそうでなかった「青春の続き」を描くアニメとして、SHIROBAKOは後世になるほど古典として評価される作品になっていくのではないでしょうか。
今回は主に主人公格の5人に話を絞りましたが、それ以外の点(②、③、④)については次回にまた述べたいと思います。
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